前回のブログ投稿でご紹介した荒木香帆さんからのお便り。
ブログでは自分のことばかりを書いてしまい、読み直してみるとなんか消化不良です。いただいたお便りの中には、いろいろな「種」が詰まっているのに、それに水をやらないでいるのはもったいない、という気持ち。
いや。「水」をやるというのは、やっぱりなんか高飛車でありますね。要は、自分(私)で考えて言葉にしたい欲求がある、ってことに過ぎません。それを「種に水をやって、育てる」みたいなのは、うーん、違う。
実際にはですね。お便りをもらって、もちろん私は荒木香帆さんにお礼の返信をしたのです。その中に、すでに言葉にしていることがいくつかある。今回はそれを素に、ブログ読者の皆さまとも考えてみたいことを書きます。
「日本人を意識した」について
荒木さんは2年前にボルネオ(東マレーシア)で1カ月養護施設で過ごす体験をされました(ボランティア活動のようです)。そこで「1か月間で地域の人に戦争体験を聞いたり、博物館で日本兵の服や拳銃が飾られているのをみたとき、「日本人である私」を強く意識しました」。
はい、私もフィリピンでそれと似たようなことを思いました。フィリピンのルソン島南部の町レガスピには、1990年度後半には町中心地に以下の写真のようなヘッドレスモニュメントが設置されていました。両手を後ろ手に縛られ、膝立ちして上半身を前傾した状態で、首がない。それは1941(昭和16)年から1945年までの日本軍占領時に、日本兵に首を切り落とされた直後の現地の人の姿を現したものです。

改めて、この像をよく見てみると、上半身は裸です。短パン、あるいは下着のパンツ?、を履いていてるように見えます。手だけではなく、両足も縛られている。
当時、レガスピの人に話を聞たことによれば、レガスピの港の防波堤で首切りはなされたそうです。首も身体も、そのまま海に捨てられたのかな。そして、それは一度きりだけ一人だけにあったわけではなく、何度も繰り返された。何人も首を日本刀で切られた。日本兵に。そして、市民の記憶に強く残っているから、この像がつくられた。
フィリピン市民の首を切り落としたのは、わたしの、あなたの、直接のご先祖様かもしれないわけだから、そりゃちょっと緊張しますわよね。
これを見たとき、私も「自分が日本人であること」を強く意識したと記憶しています。
あるいはミンダナオ島ダバオ市で働いていたとき、ひとりの校長から「わたしの父親は日本兵に殺された。日本人と席を同じくしたくない」と面と向かって言われたとき、さらに友人のおばあちゃんの足に日本兵に撃たれた銃創が残っているのをみたとき、「自分の日本人性」を意識したのでした。
私の世代であれば、祖父や曾祖父が大日本帝国軍兵士として出征した。そして殴り犯し殺した。荒木さんはそんな世代の玄孫(4代下)、来孫(5代下)に当たる。おそらく元兵士だった(かもしれない)ご先祖様の直接の記憶はないでしょう。それでも、ボルネオで過去の記憶とすれ違えば「日本人を意識する」。自分のご先祖様とリンクさせる。
一方で、実際には殺戮は、私でも荒木さんの世代でも、生まれる前に起こったことです。その責任云々を考えても仕方がない。だって、生まれる前のことの責任なんてないと思います。同じ日本人としての責任とか、無理。背負うこともないし、背負わされるのは理不尽です。
同じようなことを繰り返さないというレベルで言えば、そこでもそこには「日本人」を持ち出す必要はないはず。フィリピンの人たちだって、マレーシアの人たちだって、「同じようなことを繰り返すのはダメ」。
今の私は、そんなふうに思っています。
○○人というような大きな多数系名詞を背負ってはむしろダメだと思うのです。なぜなら多数系名詞を背負うと、いろんなことをその多数系名詞任せにしてしまう。自分で考えなくなっていく。多数系名詞は、人の考える力を削ぐ力をまとうことがよくある。それは歴史が証明しているでしょう? 民族や国家によりかかってはダメだ。
だから、ヘッドレスモニュメントに象徴されることを繰り返さないためにも、○○人から距離をおく。
そうすると、実は多くの過去が自分事になります。ボルネオの日本兵の記憶だけではなく、例えばナチスのジェノサイトも「ドイツ人」だけでの問題ではない。カンボジアのポルポト時代の大虐殺も、ルワンダでの民族間紛争とされる大虐殺も、イスラエルのガザ虐殺も、(辛いことにね)みーんなぜんぶが私自身の問題のように感じられる。みーんな痛い!
違う言い方をすれば、多数系の数々、たとえば日本人になったり、人類ホモサピエンスになったり、支援者になったり、先進国側の人になったり、けっこういろんな立場に自分の気持ちが入れ替わる。若い頃より、そういう感覚は尖ってきたなぁと感じています。
もちろんそれは私自身の仮想です。仮想ですから真実ではない。そんな仮想、それを思い上がりと責める人はいるかもしれない。でも仕方ないじゃない、ぼくらは想像するしかできないのだから、他者にはなれない。でも、他者の痛みを、限界を、リアルに想像したい。
荒木さん、ぜひ日本人を、ご自身の中のOne of usにされていかれると、面白いですよぉとお伝えしたいです。景色はまずは望遠鏡(どうしたって視野がせまくなるでしょ?)ではなく、広角でワイドに見たいものです。
「僕には夢があるけれど学校に行っていないから叶わないことは知っているんだ」
荒木香帆さんのお便りには、ものすごいセンテンスもありましたね。
「僕には夢があるけれど学校に行っていないから叶わないことは知っているんだ」
東マレーシアで、はたしてどんな施設に行かれたのかは想像するしかないけれど、この言葉はやっぱりしんどいなぁ、きついなぁ、刺さるなぁ。
私も、彼にどう言葉をかけてあげればいいか、わかりません。この言葉を聴いた荒木さんにもなんかかける言葉がない。
この言葉に気持ちを集中すると、つい泣いてしまいそうですけれど、泣いたってなんにもならない。悔しいなぁ。でも、80億の人がいて……、本当に自分の手の届く範囲は狭い、守備範囲は限られている、って改めて痛感するのです。実際、そう。自分の手のとどく範囲はけして広くないのです。
でも、ものすごい言葉を聞かれたのですよ、荒木さんは。若いときにこんなすごい言葉が聴けたというのは、ものすごい縁で、すごい運ですよ。そのお子さんには二度と会う機会はないのかもしれないけれど、一生ものの経験になっていくのじゃないかと妄想します。
忘れられないこと、なんとなくでも強烈に影響を受けてしまうこと、自分のちっぽけな人生の中でもあっただろうと思い出しますもん。そんな経験は、縁や運としか呼びようがありません。
そして、縁・運はどうしようもない。出会ってしまうのですから。
きっと荒木さんは、その言葉を胸の奥に大切にしまって、これからの人生を歩んでいく。
そして、それを荒木さんに語ったその子も、彼の人生、どう転ぶかはわからない。その言葉が語った通りに「学校に行けないから」「夢は叶わない」となるかどうかは、やっぱりわからない。そもそも、学校に行ったって、夢は叶うのか?そもそも、夢ってなにさ? 先生になりたい、医者になりたい、大統領になりたい、お金持ちになりたい、もっともっとお金持ちになりたい、起業したい、お嫁さんになりたい、偉い人になりたい……、どんな夢が夢として力を持つのか、ぼくにはよくわからないのですよ。夢って儚いに違いない、とすら思う。
だから、彼のことを心配しなくてもいい。そうやって行き違う人たち、たくさんいる。その人生ひとつひとつはかけがえのないものだし、でもその全部を見守れるわけでもない。
そこも縁。
「日本にも困っている人がいるのに」
そして荒木香帆さんは、こんな言葉を投げかけられながら、自分自身の進路を決めていく。
「日本にも困っている人がいるのに」「ただの学生なのに」「あなたがやっていることはたいしたことじゃない」「まず経験を積むべき」などといろんな言葉を投げかけられ、迷いに迷いつつも……
私は香帆さんへの返信で、次のようなことを書きました。
そうですか。でも、こういう言葉はしめしめですね。自分の引き出しが増えます。言ってもらえたのはラッキーだと冗談抜きで思う。
心配してもらっている、ということでもあるはずだし。無視よりもずーっとありがたいわけで。
これからもこういう言葉にはどんどん出会って、まぁときには凹むけど、まぁ、大丈夫です。
反論できればすればいいけれど、黙って受け取っておくのが良いだろうと思ってます。
そして、このブログの場では、むしろ「日本にも困っている人がいるのに」と言ってしまう側のことを考えてみたい。上記の中の「あなたのやっていることはたいしたことじゃない」ってのは論外ですわね。いったいどんな文脈でこのような言葉が生まれるのかはわからないですけれど、「あなたのやっていることはたいしたことじゃない」なんていうヒトが「たいしたこと」をやれるわけもないだろうと想像します。これはもしかして、共にたいしたことをしない人でいましょうよ、というお誘いの言葉なのか?
そもそも、たいしたことか否かという基準が嗤える。「たいしたことをやってます」「たいしたことをやりました」って言って、銅像たててもらえば嬉しいのか? なんかずれてると思いますよ、私は。たいしたことかどうかなんか、ぜんぜんたいした考えじゃないです。どうでもいいことです。
でも、“我々”大人は、往々にしていろんな言葉を駆使して、若人の勇気を試そうとするじゃないですか。あるいは、若人の気概に水をかけようとする。
もちろん、心配はあるでしょう。特に自分の知らない世界に飛び出そうとする若人に対して、心配アラームは高く響く。「あなたのためを思って」という常套句も使って、自分のテリトリーに取り込もうとする。
要はさ、心配って、嫉妬じゃないかしらね。自分よりも高く跳ぼうとする人に対する、文字通りの足をひっぱる行為じゃないかしらね。「心配している自分が好き」ってうぬぼれてるやつ。
いやさ、経験からわかることって確かにあるようには思います。だから経験豊かな大人の意見は聞くものだ? うん、意見は言っていいよね。その意見を聞くぐらいの器量が若人にあってもいい。でも、決定権は若人にある。そこはもうどうしようもなくそうでしかない。
そして、若人サイドよ。可能なら金も自分で出してみな。大学卒業まで親のすね齧るとして、大学院だったら自分で稼いで金貯めてから行くのもいいんじゃない(理系のガチ研究系は、その離脱が研究の成否に致命的な影響を与えてしまうケースもあるような気配はするけど)。親元離れて、住民票も戸籍も自立させれば(結婚しなくても戸籍を自立させることはテクニカルに可能)、親の収入にかかわらず奨学金も借りやすくなるし、入学金や授業料の免除も可能になったりもする。
そもそも社会を多少見知ってからする勉強って、より一層身につくしね。苦学は悪くないっすよ。それに、もちろん進学だけが道でもないし。
やりたいこと(それが夢?)があるなら、じたばたしても追えば良い。親が応援してくれないならあきらめる? まぁ、それもいいけどさ、まぁそれまでの夢だったってことでもあるし。そしてそういう奴が、また自分の次の世代の足を引っ張るよね。やめなさいって。
俺らの世代でいえば、子ども離れ、ちゃんとしましょうってこと。
いつまでもすね齧らせているのは、親の罪かもよ。「好きにしな!」って追い出せばいいんじゃないかしらねぇ。
あとさ「日本で困っている人がいるのに…」はさ、世界は開いているから仕方がない、その一手で“詰み”だと思います。なぜ日本という枠がそれほど大事なのか? 江戸時代は、わが藩、だったわけでしょう。あるいは、我が村か? で、今それを肯定するの?? できるわけないっしょ? 縁や運があれば、社会の枠なぞ消えることがある。それが愛でしょ、愛!
さて。
青年よ、勝手に大志を抱け。 老年よ、そんな青年に構う暇があったら、勉強せよ行動せよ。
じゃ、荒木香帆さんにエールを! フレーフレー荒木香帆!!


















私たちは他者からも「日本人」などと境界線を引かれることがありますよね。そんなとき「他者」である自分は彼らとどう向き合うのか、考えてみたいと思いました。
また、後半に関連して、結局は自分次第なんだと感じました。人は一人では生きていないのでまわりの声を聞くことは大切でも、「これはこうすべき」と一般化して語れない部分が多いです。大人サイドも若人サイドも言いたいことは言い合いつつ、自分の道を決めて歩んでいかなくちゃいけないなと思いました。がんばっていきましょう~!
今日の結論は
『青年よ、勝手に大志を抱け。 老年よ、そんな青年に構う暇があったら、
勉強せよ行動せよ。』
またへし折れた感じだあ。自分の人生は挫折の連続。数多の挫折がたびたび自分の人生の不連続点になったいる感があったりして自己肯定感はどんどん失せて行く。生きた痕などありゃしない。
『青年よ、勝手に大志を抱け。 老年よ、そんな青年に構う暇があったら、
勉強せよ行動せよ。』
だからこういう結論になるんだ。